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東京都葛飾区の歴史
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所在地 葛飾区柴又7-18先

 矢切の渡し
元和2年(1616)、幕府は利根川水系河川の街道筋の重要地点15ヵ所を定船場として指定、それ以外の地点での渡河を禁止しました。その1つが矢切の渡しで、この付近を通る国分道に架かる渡しで、主に近郷の農民が対岸の農耕地へ渡るために利用していました。現在、都内に残る唯一の渡し場で、今も昔ながらの手漕ぎの和船が対岸の松戸市下矢切との間を往復しています。伊藤左千夫の名作「野菊の墓」の舞台となり、ヒット曲「矢切の渡し」を生んだ地としても有名です。
柴又公園内にある山本亭は、書院づくりの庭園と和洋折衷の建物が見事な調和を見せる大正末期の特色を残す邸宅です。



                 Yagiri Ferry(Yagiri-no-watashi)
The Yagiri Ferry was started by the Edo Bakufu gobernment at the beginning of the 17th Century,and was used by the local farmers to get to their on the other side of the river.It is the only remaining ferry service still operating in the metropolitan area.



 矢切の渡し付近の江戸川両岸は、戦国時代、小田原北条氏と安房の里見氏が、一大合戦を交えた古戦場(国府台合戦こうのだいかっせん)である。
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