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東京都葛飾区の歴史
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所在地 葛飾区柴又7-18先

 水原秋櫻子(水原秋桜子)句碑
   葛飾や桃の籬(まがき)し水田べり

 水原秋櫻子先生(明治25年〔1892〕~昭和56年〔1981〕)の作、先生は東京神田の生まれ。はじめ高浜虚子に師事したが、やがて「ホトトギス」を去り昭和6年(1931)から「馬酔木(あしび)」を主宰した。
 葛飾の自然をこよなく愛ししばしば訪れて、世に「葛飾調」といわれる多くの作品を残した。
 この句は大正15年(1926)の作。対岸の市川真間あたりの風景をよんだもので「葛飾調」の代表作のひとつ。その頃の水郷葛飾の春の田園の美しさを流麗典雅の響きでうたっている。
 昭和62年(1987)3月 葛飾区長 小日向毅夫
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