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東京都葛飾区の歴史
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所在地 葛飾区柴又5-13-6

真言宗
 薬王山 瑠璃光院 医王寺



  医王寺(柴又七福神  恵比寿天

 中興祖源珍僧都という御方が宗祖弘法大師の足跡を巡行中、村人より一体の恵比寿天を戴かれ、山中に安置し香華供物を供え21日間の御修行をすると、川底より砂金を掬い上げた。後に恵比寿天を礼拝すれば商人は金銭意の如く集まると唱え、多くの世人に広めた。当山代々住職は、その偉業を尊び伝承し今日に至らしめたものである。
 葛飾区  葛飾区観光協会



  医王寺由来
 応永14年(1407)7月7日時の将軍足利義満公が、奇病(赤目病)が下総国一円に発生し住民が全滅の危機にさらされているのを聞きおよび、時の後小松天皇に悪病退散の祈願寺の建立を上奏し、京都仁和寺の僧観見和尚に薬師瑠璃光如来を奉持させ、柴又村の当地に建立したものである。
 赤目病とは、両目が最初充血し、悪化するにつれ「目やに」が出てやがて瞳が白く濁り「下まぶた」が垂れ下り赤くはれ上がり、最後には失明してしまう恐ろしい奇病で原因は不明であったと云う。当時の目の病いに苦しむ村人たち、近郷近在より参詣に訪れたと聞く。此の奇病にかかった村人が昭和20年(1945)頃を最後に、以後赤目病患者は当地より消えたのである。
 当山では、境内より湧き出る清水(現存しない)と御符と茶目薬を室町時代より昭和中期まで眼病祈祷礼と共に出していたが、終戦後薬事法の定めにより今は出していない。だが現在でも、眼病を護る仏として参詣に人々が訪れている。

 

1、開山 応承14年(1407)7月7日。
1、開山上人 大僧正 観見(仁和寺の僧)
1、安置仏 本尊薬師瑠璃光如来(木造一刀彫 伝弘法大師作 三体明烏との伝えあり)
1、前立本尊薬師如来(江戸時代明暦2年〔1656〕 大仏師 加藤匠)
1、福徳恵比寿天(現尊像の腹仏として、天文年間の作と思われ、三寸五分の尊体が納められている。作者不明)
1、地蔵観音菩薩(徳川初期の作と云われる。作者不明 平成元年(1989)京仏師 大仏師松本明慶師により修復)
1、金仏不動明王勢至菩薩、文殊菩薩、普賢菩薩、阿弥陀如来、大日如来(木造金箔塗)
仁王山門鐘楼 平成4年(1992)11月完成 木曽檜作り(大和田儀己工匠)
仁王像 2体 京仏師 大仏師松本明慶師作
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